「販売員を応援する」をテーマに、いま業界で活躍する方々に自身の販売員時代の思い出や現役販売員に向けたアドバイスを伺いました。今回はこれまで執筆した2冊の接客に関する書籍が好評を得ている土井美和さんにインタビュー。顧客づくりのスペシャリストの原点をたどります。
土井美和(どい みわ)
(株)Clienteling Advisory代表取締役。元ルイ・ヴィトンジャパン顧客保有数No.1販売員。19年間勤めたルイ・ヴィトンジャパンを卒業。自身の強みであった顧客づくりのノウハウを伝えることで、お客様から選ばれる販売員を育てたいと、2020年に起業。現在、多くの企業や個人向けに「永久リピート顧客のつくり方」を伝授している。接客術に関する書籍を2冊出版。
公式Webサイト https://www.clienteling-adv.com
―接客講師として独立して3年経ちましたが、大学生の頃に飲食店でアルバイトしたのが接客業のスタートでしたよね。
そうですね。大手飲食チェーンなどでのアルバイトで接客を経験し、何かを介してお客さまと心が通い合うことにすっかり魅了されて。新卒でルイ・ヴィトンジャパンに入社しました。企業説明会のときに採用担当者から言われた「接客を極めたい人に来てほしい」という言葉は、今でも覚えています。
―憧れる人も多いラグジュアリーブランドに入社してみていかがでしたか。
当時は切れ間なくお客さまが来店されたので、商品が面白いほど売れる時代でした。そういう意味での販売の楽しさを感じる日々だったように思います。
随分あとになって、このときの“販売の楽しさ”は、本当はブランドの力で売れているのに、まるで自分の力であるように思い込んでいたから感じられたものだと気づいたんです。
今になって思うのは、接客は正解がないから追求できる楽しさがあります。でも入社当初の私は、「ブランドイメージを崩さないようにしなきゃ……」と勝手にとらわれてしまって、型にはまった丁寧なだけの接客、つまり印象に残らない接客になっていました。
―再び「接客が好き」と言えるようになったきっかけは。
2011年に東日本大震災が起きたあとの体験ですね。店舗営業は再開したものの来店客数は減り、引け目を感じながら来店されるお客さまがほとんど。なので、商品について細かな説明をするよりも、まず日常会話でリラックスしていただき、お店での滞在時間を豊かにすることを心がけたんです。そうしたらお客さまから「あなたに出会えたから」と言われることが増えて。 仕事をして初めて、自分が認められた、自分が社会に存在しているという感覚を覚えました。そうして、コミュニケーションを大事にした“自分らしい接客”をつかめてからは、顧客が増えていったんです。社会的な自分の価値が生まれたように思えて、肩の力が抜けて働きやすくなったのもこのときです。

―トップパフォーマーとして活躍する中で、講師として独立を考えたのは。
タイトルを頂けるようになる前から少しずつ実績がつくれるようになったのですが、それにはあるきっかけがあります。まだアクセサリーチーム所属の一般スタッフだった頃、いままでにはなかったシューズという新しいカテゴリーを店舗で取り扱うことになりました。新しいカテゴリーを扱う怖さもあり、最初はシューズの接客に苦手意識がありました。ですが、当時のシューズ担当の上司が「よく紹介してくれてるね!」と私の接客を褒めてくれたり、販売できるとまた褒めてくれるのがとにかくうれしくて。彼女にもっと褒められたくて頑張っていたら(笑)、売上足数が全国のランキングに入るように。
そうしたら、シューズのアトリエを訪れるイタリア研修のメンバーに選んでいただくことができたんです。限られたスタッフしか行けない研修なので、アトリエで見てきたものや職人さんから感じたことをほかのスタッフにも伝えたいなと。
会社のトレーニングを担当する部署に掛け合い、シューズの構造が見られるキットなどを借り、店舗で希望者を募ってライトな研修を始めました。自分で資料を作成するのは大変でしたけど楽しかったし、研修のあとに「店頭で実践したらお客さまに喜んでいただけた」などの感想をもらうことができて、少しずつトレーナーという仕事に興味が湧きました。
―社内でそういう機会が持てるのはいいですね。
本当にそう思います。異動した店舗でも、毎月新しいスタッフが入ってきたら実施して。そのたびにキットを借りていたので、そのうち「もう土井さんがずっと持ってていいよ」って言われました(笑)。上司やオフィスの方々に、とても恵まれてきたと思っています。
何年かこの研修を続けていき、あるとき自分の強みである「顧客づくり」に関するトレーニングをやらせてもらうことにしたんです。退職の半年ほど前のことなのですが、ちょうど40歳を迎えて自分のキャリアについて考え始めたタイミングでした。
期待に応えたい気持ちが強いあまり、何事も全力で臨むことしかできない不器用な自分が残りの20年を走り切れるのか。当時は帰宅も遅く、家族の協力が不可欠だったので、子どもや夫に大きな負担をかけていることも感じていて、母としての自分が後悔をしないだろうかという悩みにも直面していたんです。
この研修を通じて、普段、自分が感覚的におこなっていたことを誰かに伝えるために言語化したり、研修を受けたスタッフの実際に効果があったという成功体験を積み重ねて再現性のある伝え方を習得できたのは、とても自信になりました。独立という選択ができたのもこの経験のおかげです。
―独立したいま、販売員の頃にこうしておけばよかったと思うことは。
ルイ・ヴィトンで販売職を一生続けようと思っていたから、私は全く先のキャリアを考えずにいたんですよね。だから、自分の未来の可能性を広げるために、早いうちに接客・販売の仕事を通して何か一つでいいから自分の“強み”といえるものを見つけて、極めていけるとよいのではないかと思います。そのために、いまいる場所でとにかくトライしてほしいです。
販売員にとっては当たり前のことですが、初対面のわずかな時間でパーソナルなコミュニケーションを取り、商品をご提案していく。こんな経験は他にはなかなかありません。初回に失敗すれば2回目はないかもしれない体験を、毎日何回も繰り返す。ここで身に付いたコミュニケーション力などの多くのスキルは社会生活で役立つし、人生に欠かせないものです。 このことを早めに自覚して、感覚的だったものを誰かに伝えられる形にしていくようにすると、“売る力”だけではなく“マネジメントする力”も付いて、“強み”を磨けると思います。

―組織にいると人間関係などいろいろな理由で、向上心が削がれてしまうことがあります。
そういうこともありますよね。分かります。ファッション業界はスピード感があって、変化が常に起こるから、前に指示されていた方向性から急にガラリと変わることもあるし、店長が代わっただけでまるで違うお店のようになることもありますよね。「前はこれでいいって言ってたのに!」「今度は真逆のことに取り組むの?」とか、最初は少し感情がノッキングを起こしてしまうこともあると思います。
これは上司からも言われたことがあるのですが、私は適応力が高いタイプなんです。だから19年間同じ会社に勤められたのではないかなとも。
そんな私の経験からお話しすると、変化に毎回つまずいていると、結局は乗り遅れてしまい、最終的にマイナスになって自分に返ってくる。であれば、とりあえず流れに乗ってみて、少ししてから自分で状況を見極めてジャッジしていこう、と考えたほうが意外と楽に進めたりするんです。
逆走し続けるのはやっぱり苦しいから、自分の中での着地点をどこかに見つけていく。組織の中では、どういうマインドで仕事と向き合うか、“良い部分”を見つけて深掘りしていって自分の強みにしていくのか、バランスをとることが大事になりますよね。
―最後に皆さんにアドバイスを。
私のセミナーに参加される方や講座を受講される方もそうなのですが、販売職の皆さんにはすごく真面目な方が多いんですよね。自分の仕事を振り返って改善点を見つけようとするんですけど、「それをどう次に活かすか」まで考えないと気分が落ちていくだけなので、ぜひ「良かった」と感じたことの振り返りもしてほしいです。
「良い関係が築けた」「買う予定がなかったお客さまに購入してもらえた」など、ベストプラクティスを振り返って、「こうすれば喜んでもらえるんだ」と成功体験をひもといて積み重ねていくと自分も成長できるし、再現性のあるロジックにもしていけると思います。
いま、販売員だった頃を振り返ると、得たものの大きさに気付きます。人生に役立つスキルが磨ける素晴らしい仕事が販売職なので自信を持ってほしいですし、私も微力ながらそのためのサポートを続けていきたいです。