「すべての美は数式であり、ファッションは学問である」と力説するファッションプロデューサー・服飾専門家のしぎはらひろ子です。ファッションをロジカルにわかりやすい言葉で解説できる専門家としてテレビやラジオ、雑誌などにも登場し、これまで8万5000人以上のアパレル販売員・スタイリストの服飾指導をしてきました。
この連載では、ファッションのプロとして身につけておいてほしい「ファッション理論」をお伝えしていきます。
私が「ファッションは学問だ」という理由
黄金比や白銀比という言葉をご存知ですか?
私は学生時代にグラフィックデザイン、プロダクトデザインを学び、そこで黄金比や白銀比など「すべての美には数式がある」ことを知りました。つまりは「美しさにはロジックがあり、それを積み立ててデザインができている」ことを知ったのです。
その後、新卒で松下通信工業の研究開発部に入社し、プロダクトデザインに携わりましたが、「もっと美しいものを作りたい」とファッション業界に入りました。しかし、そこで衝撃的な出来事が。
先輩デザイナーに「マスキュリンなデザイン画を描いて」と言われ、それだけでは描けないので「どんなコンセプトで描けば?」と尋ねたら、「フィーリングよ」と返されました。さんざん悩み、フィーリングで描いたデザイン画は通りましたが、ファッション業界は言語化ができない人が多いのではないかと気づきました。
それから、デザインを極めるためにパターンを学びましたが、そこでもフリルの型紙を描くために計算式があることを知りました。つまりは服作りにもロジックがあるということです。
こうした経験から、ファッションを理論立てて教える文化がないということが徐々に分かってきました。「ファッションデザイン」なのに、デザインの概念が抜け落ちて「ファッション」だけが独り歩きし、流行だけを追い続けた結果、基本理論が根底にないのです。
デザインとは本来、「問題を解決し、目的を達成する計画を行い実現化する」理論に基づいた学問です。洋服を着ることには「ファッションを通して、その人自身の問題を解決する」という役割があります。衣服を通して人々の問題を解決し、よりよい生活へ導くためのツールがファッションなのです。その役割として、デザインがあるのです。
お客さまは、店頭にいる販売員である“あなた”を“洋服のプロ”だと思って、問題を解決へ導いてほしくて質問をします。期待に応えるためにファッションを勉強していきましょう。
ファッションが持つ知恵と力とは何か
この業界では「服には、人生を変えるパワーがある!」という方が多いです。私も同じですが、ほとんどの人は「そんな大げさな~」と思いますよね。
では、グリム童話の「シンデレラ」を思い出してください。魔法使いによって美しいドレスを与えられたシンデレラは、そのドレス姿でかぼちゃの馬車に乗り込み舞踏会へ。そこで王子の心を射止めることができましたが、魔法がとける前に帰らなければなりません。急いで階段を駆け下り、途中でガラスの靴を置いてきてしまいます。ひと目で恋に落ちた王子は、ガラスの靴の持ち主を探し出し、シンデレラはプリンセスという“未来”を手にします。
実は、ここにこそファッションの持つ「パワー」と「知恵の原点」が宿っているのです。
シンデレラは魔法により美しいドレスをまとったことで、舞踏会に出かける勇気を手に入れました。素敵なドレスを着て馬車に乗っていたため、門番に怪しまれず舞踏会へ入ることもできました。
ドレスのお陰でどこかの国のお姫様と思われ、王子から求婚されることになりました。こうひも解いてみると、実はシンデレラのドレスほど戦略的な装いはありません。
・衣服の持つ力を上手に味方につける。
・衣服の持つ錯覚力を効果的に使う。
シンデレラの物語はファッションに宿る「知恵と力」を効果的に使った好事例です。
ほかにも名作映画の世界には、ファッションの知恵や力を有効に使ったことで人生が変わった、というストーリーはたくさんあります。
例えば、オードリー・ヘプバーン演じる貧しい売り子が、富豪に教育され美しい女性に成長する『マイ・フェア・レディ』、娼婦が素敵なレディに変身するジュリア・ロバーツ主演の『プリティ・ウーマン』、アン・ハサウェイ演じるヒロインが「服とは何か?」を学ぶことで恋も仕事も成功していく『プラダを着た悪魔』などなど。
これらの映画を観ていると、いずれもファッションの変化がヒロインの幸せな未来を象徴していることに気づくのではないでしょうか。
反対に男性が主役の物語には、アメリカの作家マーク・トウェインが1881年に発表した児童文学作品『王子と乞食』があります。顔がそっくりな2人が衣服を取り換えたことで、その運命と人生が入れ替わってしまう物語です。
2014年公開のスパイ映画『キングスマン』では、衣服の持つ力を身につけることで、内面も豊かに成長するさまが描かれています。
映画や物語の中にはこのように「ファッションに宿る知恵と力」がたくさん登場します。特に映像作品では衣装が重要な役割を果たしています。身につける衣服、ヘアスタイルや持ち物も含め、全体の印象を意図的につくり上げることで、暗黙のうちに登場人物のキャラクターを語らせるのです。
これは映画やドラマの中だけではなく、私たちも同じことがいえます。身につける自分の衣服やファッションといかに向き合うかで、自らが得る力は計り知れないのです。
つまり、“いかに選びどのように身につけるか?”、その何気ない行為にこそファッションの「知恵と力」が潜んでいるのです。
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